事業継承とは何なのか「事象継承の種類、従業員継承のメリットデメリット」
2020/12/07
目次
【従業員承継とは】
親族に後継者候補がいない場合には、親族以外への承継を検討することになります。親族以外に、事業を承継させるには、①従業員や役員に承継する場合と、②M&Aを利用して、第三者に承継する場合とが考えられます。
特に、事業を熟知した古参の役員、優秀な若手従業員等がいる場合には、①の方法が有用な選択肢となるでしょう。そこで、まず、①の方法について説明します。
「従業員承継」とは、文字通り、従業員に事業を承継することを言います。一般的には、会社の役員に承継する場合も含めて言うことが多く、「会社内承継」ということもあります。日本では親族内承継に次いで、頻繁に利用されている形態です。(ここでは、株式会社を前提とします)
【従業員承継の特徴、メリットデメリット】
従業員承継のメリットやデメリットについて考えてみましょう。まずはメリットから。
①子ども等の親族に適任者がいない場合であっても、従業員や役員の中から、最も資質のある者を選ぶことができるので、後継者の選択肢が広がること。
②会社のことを良く知った者がバトンを受け取ることになるので、親族内承継と同様に、他の従業員や取引先の理解を得やすいこと。
③会社の事業内容については十分把握しており、後継者教育の時間が短縮できること
一方、デメリットも見てみましょう。
①資金力がないことが多い。
②会社の借入金について、個人保証(連帯保証)をしなければならないこと。
※注:事業承継の最近の動きとして、金融機関も連帯保証を求めない動きが出ている。
このような側面があります。
もう少し説明すると、従業員や役員が後継者となる場合、社長という「地位」を受け継ぐことで「経営」を受け継ぎますが、株式を取得しなければ、会社に対する所有を取得することはできません。
多くの場合、後継者となるにあたっては、株式を現在の経営者から買い取ることになりますが、そのための資金が問題になります。また、中小企業の社長の多くは、銀行等の金融機関から借り入れをしていますが、その借入について、金融機関から新社長が「連帯保証人」になることが求められます。これが問題になることも多くあります。
従業員承継の方法にはどのようなものがあるの?
①従業員が株式をすべて取得する場合
従業員が株式を取得することにより、所有と経営のバランスを図ることができます。最も一般的な方法は、株式を購入することで、特に従業員がこの方法をとる場合を、「EBO(Employee Buyout)」と言います。
ただ、この方式の場合、従業員や役員は資金が不足していること多いため、資金的なケアが問題になってきます。
例えば、役員を後継者とした場合には、役員報酬の金額を増額して将来の株式取得のための資金を貯めさせるといった方法も考えらえますし、株式買取資金について、新経営者の能力や事業の将来性の鑑み、金融機関、あるいは投資会社等の出資等を受けることができる場合もあります。
あるいは資金がないことから、対価を生じさせないで株式を移す、つまり、株式を「贈与」又は「遺贈する」という方法もあります。
②現経営者が株式を保有する場合
株式を購入する資金がないのであれば、現経営者が株主であり続けるという方法です。しかし、これでは、現経営者がバトンタッチ後も、いつでも「大株主」として会社の重要な業務の決定や、あるいは新しい経営者を株主総会で解任できることになってしまいます。その結果、従業員が不安感から、承継を断ってしまうということもあり得るでしょう。
そこで、「種類株式」を活用する方法があります。種類株式とは、簡単に言うと、「権利の内容が異なる株式」を言います。
【種類株式とは】
種類株式とは、ある事柄に関して内容の異なる2種類以上の内容が定まっている株式です。原則として株式会社では、各株主は平等の権利を有し、株主総会で経営権を行使したり、配当金を受け取ることが可能です。
種類株式では、こうした株主の権利について、通常(普通株式)とは異なる規則を定めています。会社法上で種類株式の発行は認められている為、所定の手続きを経れば合法的に発行(変更)できます。
種類株式は普通株式と異なり、一定の決定事項に基づいて権利内容が定められているものです。そのため種類株式を有することで、その株主(種類株主という)は何かしらの権利を行使したり、利益を獲得できるようになります。
種類株式を利用した事業承継についてお伝えする前に、事業承継における支配権の確保と対策の重要性についてお伝えします。
事業承継において後継者の支配権の確保は何よりも重要なプロセスです。
株式会社の場合、経営権を司る株式が分散している状態だと重要な経営戦略の決定を株主総会で覆されやすくなり、思う通りに経営が進まない可能性があります。
とりわけ後継者と敵対している不都合な人物に株式が渡り、経営に対して一定以上の発言権を有してしまうと、せっかく定めた後継者が経営者になっても、その地位を脅かされてしまう可能性があるでしょう。
そのため経営者は事業承継を行う際、後継者が確実に株式の100%を取得し、支配権を確保させることが重要になります。
中小企業であれば、それこそ経営者が100%の株式を有している株主になっていることが理想的だと言えるでしょう。ただ、株式を100%取得させる事業承継は決して簡単ではありません。よくある事業承継では相続という形で株式を後継者に取得させるということが多いものです。
しかし、相続による事業承継は確実性が高いとは言い難いものです。例え、遺言書で株式の相続人を具体的に定めたとしても、遺留分減殺請求などによって相続財産である株式が分散してしまう恐れがあります。経営者が亡くなってしまうと相続を完全にコントロールすることは難しくなります。
そのため相続による事業承継は後継者候補が複数いるようなケースだと心もとない手段だと言えます。その点、種類株式を活用した方法であれば、後継者の支配権の確保をより確実にできるようになります。
そこで、種類株式を活用した事業承継の例を考えてみます。代表的な3つの方法です。
1)譲渡制限規定を活用した事業承継
種類株式の一つである譲渡制限規定を活用した事業承継はいたってシンプルなものです。これは、会社が許可した相手にしか譲渡できない譲渡制限株式(譲渡制限規定を付加された株式)を発行し、それを後継者に支配権を獲得できる分だけ取得させるというものです。
譲渡制限株式は相続や合併などによって一般承継された場合、会社の意向に関わらず株式の承継を行うことができます。つまり、後継者により確実に株式を取得させることが可能になるわけです。さらに譲渡制限株式であるため、株式の分散が抑えられることも大きなメリットだと言えるでしょう。
また、譲渡制限株式であれば他の会社からの買収も防ぎやすいため、敵対的買収に対する買収防衛策として使えます。
ただ、譲渡制限株式しか発行していない非公開会社において注意しておきたいのが「売渡請求権」です。
これは承継された譲渡制限株式に対して売渡を請求できるものであり、相続や合併などによって承継が発生したことを知った日から1年以内であれば、いつでも請求できるというものです。
この売渡請求権は恐らく事業承継において最もやっかいなものの一つだと言えます。売渡請求権は一度使用されると当該株式を持つ株主は議決権を有することはできません。たとえ、支配権を確立できるだけの株式を所有していても売渡請求権を拒絶することはできないというわけです。
売渡請求権は会社と当該株主の間で株式を売り渡す価格に同意がなければ実行はできないため、ここで抵抗することは可能です。
話し合いがうまくいかないと訴訟に発展してしまうケースもあるため、どちらにせよ円滑な事業承継は阻害されてしまうでしょう。そのため、なるべく後継者以外の株主がいない状態、あるいは後継者への反対勢力が株主にない状況で実行することがお勧めです。
2)議決権制限規定と取得条項規定を活用した事業承継
議決権制限規定と取得条項規定を活用した事業承継も有効的な方法の一つです。たとえば、後継者が確定しているなら議決権がある株式を後継者のみに取得させ、他の株主には議決権制限株式(議決権制限規定を付加した株式)を取得させれば、後継者の支配権を確立させられるようになります。
後継者候補が複数いる場合は素質を見極めるまでそれぞれ取得条項が不可された議決権制限株式を取得させておき、後継者が定まってからは株主が死亡するなどの事由で自動的に議決権制限株式を議決権付きの株式に転換させるようにするという方法もあります。
議決権制限株式を活用する方法は株主の権利や利益を侵害する恐れがあるため、株主との話し合いが重要です。
3)拒否権規定を活用した事業承継
拒否権規定を活用した事業承継は後継者が実際に経営を行う場面に主眼が置かれています。拒否権規定を付加した株式、つまり黄金株を引退した経営者があらかじめ持っておくことにより、後継者が経営を行う上で、暴走したり、無茶な経営戦略を行おうとしている事態になった際に株主総会で後継者の提案を阻止できるようになります。
つまり、後継者の手綱として黄金株を持っておくというわけです。後継者が安定してきたら黄金株を後継者に取得させておけば、事業承継が完全に完了します。黄金株は非常に強力な株式であり、他の株主に取得させるような事態にならないようにしておく必要があります。
※黄金株とは、買収関連の株主総会決議事項について拒否権を行使できる株式を言います。
適正な承継者選びだけではなく、株式の譲渡方法も考える必要がある
従業員承継の場合、経営に熟知している者であるという利点はある一方、承継者の年齢等も考慮する必要があります。あまり年齢が近い者であっては承継の意味がないからです。
年齢的にも資質的にも適正な承継者が見つかったとして、従業員承継では、「どのような方法で、株式を取得させるのか」という点が非常に重要になってきます。
株式を従業員に遺贈したとしても、現経営者が死亡した際に、子どもたちが遺留分を侵害されたとして、承継者に対し、遺留分減殺請求をし、結果、承継者が会社の経営を手放さざるを得なくなることも考えられます。
現経営者に子ども等、遺産を相続させるべき者がいない場合には有用な方法と言えますが、そうでない場合、遺留分減殺請求との兼ね合いも考えておかねばなりません。
他方、無議決権株式と普通株式の併用による場合でも、議決権が承継者にあるとすると、承継した途端、新経営者が、新株式を次々と発行して、旧経営者の保有する株式を薄めてしまい、無議決権株式を残して配当等を得ようとした意味が無くなってしまうことも考えられます。
そのため、すべての普通株式を手放すのではなく、新株発行等の特別決議に対しては拒否ができるよう、議決権全体の3分の1を超える数は保有するようにしておく、といったこと等も考えておかなければなりません。